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エッセイ 闘病体験記

3.失明から希望への旅立ち

ここで失明までの事をもう少し付け加えておきたいと思いますが、私は4回の眼の手術を受けました。一度は白内障の手術でしたが、後の3回は眼圧を下げるためのもので、視力を出すためのものではありませんでした。病院の先生も“私どもがやるべき事はすべてやりました”と言い渡されました。病院が漢方薬を取り寄せて、それを飲むこともありました。現在ではそのような事は珍しい事ではありませんが、当時としてはあまり考えられる事ではなかったように思います。私が寝たきりになった時にも高校受験にそなえて、主治医の先生や看護士の方々がベッドサイドに来て、教科書や問題集を読んで聞かせてくださいました。本当に私のために一生懸命尽くしていただいたと思っています。
これまでの事に関して言うならば、最初に私が入院した大学病院において、意識不明となって集中治療室に運ばれた後も、病院側はその事を両親には連絡しようとはしませんでした。その事に両親は憤りを感じ、一度は裁判に訴えようかと思案したようですが、父をはじめ3人もの入院が重なり、経済的にも体力的にもそのような余裕はありませんでした。私自身も眼で入院したにもかかわらず身体はボロボロになって、生きる気力も何もかも断たれたような暗黒の世界にいるようでした。この後私は車椅子での生活を1年半送ることになるのですが、しかしそれはまた人によって生きる希望を見い出し、人の支えによって生かされていることを私は実感することになるのです。
私はベッドから身動きのできない状況でありながらも、高校入試を受験することを強く強く決意しました。そして、病院内の養護学校の一室をお借りして受験することになったのです。それまでには両親をはじめ、養護学校の方々の並々ならぬ努力がありました。教育委員会や知事に掛け合い、何度も足を運んで、そして現実のものとなったのです。
そのような中で、“そんな身体で無理をして受験する必要があるのか?”と言う人もありました。しかし私にとっては、それがその時の私のすべてだったのです。そして当日、試験官の立ち会いの中で、私はベッドに乗せられたまま教室に入り、問題用紙を1.5倍に拡大していただき、またルーペと弱視鏡を持ち込んで受験しました。私にとって自分の眼で見て受けることのできた最後の試験となりました。そして合格発表の時には、看護士さんや病院の先生、そして養護学校の先生や一緒に入院していた患者さんまでが、本当に心から喜んでくださいました。沢山の人に支えられ、そして私にも、一つの希望の光がさし込みました。
しかし現実問題として高校に通うことのできない私は通信制高校に代わり、しかも養護学校に高等部を設置していただくという特例を受けることができたのです。それで私は学業のことも心配することなく、入院しながらリハビリにも専念することができました。
以後私はリハビリを続け、昭和57年3月、3年5ヶ月という入院期間を終えて退院することになりました。かつて医者からは、“元のように歩けるかどうか分からない?”と言われていました。しかし私はしっかりとした足取りで大地を踏みしめながら病院を後にすることになりました。そして、それは私の新たな挑戦と、大きな夢に向かっての旅立ちの時でもあったのです。

以上。

長々と最後まで読んでいただき、ありがとうございました。これらの体験は私にとっても、人生の大きな岐路となりました。今思うと辛いことも多かったのですが、すべて私の財産となりました。生きていることに感謝し、これからも頑張っていきたいと思います。

2005年1月23日 小林久志


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 2.入院から失明まで
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